めいつについて めいつについて

穏やかな気候と、透明度の高い海、多種多様な木々が生い茂る豊かな
自然。めいつの町には、海の幸だけではない豊かな食を育む環境と、
それを大切に守り育ててきた漁師町としての誇りがあります。

古くは室町時代から漁業の歴史が伝わるめいつ。それ以前から周辺の海でアジやサバなどの小魚を獲りながら暮らしていたそうですが人口に比例するほどの量は獲れず、徐々に外洋に出るようになったのが、めいつ港の黎明期と伝えられています。またカツオ漁の歴史もこの頃(1500年代)からと言われており、当時、紀伊半島から出稼ぎとして来ていた漁師たちが、釣ったカツオを生節に加工し、年貢として納めていたというのが古い言い伝えとして残っています。その後、めいつの漁師たちも近海から遠洋と徐々に漁場を拡げていき、明治時代には遠く波照間島にまで出かけては現地民にも漁法と加工技術を伝えていたとか。そのころ「南郷の漁師は先進的で勇敢なり!」と称えられていたほど、めいつの漁師たちは海の恵みを周辺の人々と共有する術、その精神的な伝統をも培っていったのです。

めいつの沿岸、そして近海の豊かな漁場は陸地、すなわち南郷町とその周辺の山々や河川などの自然がきれいで豊かであるおかげとも言えます。めいつの漁師たちは、高い山があるからこそできる沿岸部の陰が小魚たちの棲み家になること、また木々や落ち葉の合間から川へ、そして海へと流れる豊富なプランクトンが魚を育てる事、そういった自然の摂理が身に沁みついています。また、南郷町は林業ほか農産物の生産も盛んで、特に亜熱帯性の果実であるマンゴーは温暖な気候を利用した名産地の一つ。このように「自然が産み育む食の豊かさ」を象徴したまちでもあるのが、南郷町・めいつなのです。

豊かな海。集まる海の幸。

良質な魚・豊富な魚種が水揚げされる拠点として全国でも認知されているめいつ港。カツオや鯵、伊勢海老、ブリなど、日向灘の沿岸や近海は黒潮の恵みもあり、確かに豊かな資源の宝庫とも言えますが、なぜ、めいつ港=「良質な魚の基地」という認識が生まれたのでしょうか。それはめいつの漁師たちに根付いた古くからの助け合い精神と、技術共有意識、そして「しっかりとした組織があってこそ」と地元漁師は言います。めいつに水揚げされた魚を、余すことなくいかに消費者に美味しく食べてもらうか。そういった漁師のプライドが豊富な漁獲に裏付けされているのです。

魚が活きいき。漁師も活きいき。

めいつの漁師にとって「魚を獲る」とは、生活のために限った事ではありません。特に地元で生まれ育った漁師にとって、海に出て魚を獲る事は「生きざま」そのもの。その日の風や潮の流れを読み、船を出した瞬間に感じる成果の兆し。より早く新鮮な状態で水揚げするために、船の機能性や状態にまで気を配り、長年の勘が働けば海が荒れていても沖へ漕ぎ出す。網を上げた瞬間から決まる美味しさのために、船上で素早く処置できる技術を習得し、それらは仲間とも共有する。「漁獲や収入ではなく、お客さんの美味しい顔が見られるのが一番の喜び」という心意気が、めいつ漁師のアイデンティティーを支えているのです。

その場で水揚げ、そのまま出荷。宮崎県の台所。

刺身や寿司など、魚を生で食べる風習が息づく日本では、鮮度が命となるだけに、その流通経路・手段が日に日に進歩していますが、同時に漁師たちの意識向上も「地域ブランド」を支える一つの要素。めいつの漁師たちは、水揚げから出荷までに関わるスピード性や鮮度保持の技術、見た目の美しさまでこだわり丁寧に扱うことを、漁師はもちろん、組織や地域ぐるみで共有し取り組んでいます。量はあっても質が悪ければ地域が誇るブランドとはなりえない。宮崎県のなかでも「一番いい魚が揚がる港」という信念と覚悟が、現在のめいつブランドを築き上げ、更なる躍進にも繋がっていくのです。

南郷漁業協同組合
〒889-3204 宮崎県日南市南郷町中村乙4614-3
電話 0987-64-1155
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